ヒップホップとの出会いB
        〜『Around the Sun/アラウンド・ザ・サン』


「あなたのラップが聴きたい!」と私がJ君にリクエストしてから3ヶ月。
年明けの14日に突然彼から
「僕の歌ができました!(^^)v」というメールが来て
『Around the Sun/アラウンド・ザ・サン』が送られてきた。
それまでJ君とは何度かメール交換をしてきたが、
曲作りをほのめかすような言葉はどこにもなかったので、
突然のサプライズに私はとても感激した。
こういう瞬間って本当に嬉しいし、
何よりも歌のプレゼントは私にとって最高の贈り物なのだ。

「J君、こんなに早く約束を守ってくれてありがとう〜!!
従兄弟とそのお友達の3人で作ったと書いてあるけど
いったいどんな曲? 
あなたのフロウ(ラップの抑揚)ってどんな感じ?」と
はやる気持ちを抑えながらファイルを開いた。

最初に語りが入るが、その声を聴いた時
「これはJ君の声だ!」とすぐわかった。
彼が昨年の11月に来日した時、
私たちは会って数時間話したので声を覚えていたからだ。
メールには、「僕はフロウがあまり上手じゃないので、
従兄弟に教えてもらいました。」と書いてある。

そしてJ君のバース(小節)が始まった。
「・・・ラップするのは初体験って言ってたけど、とってもカッコいい〜!」
ヒップホップを聴くようになってまだ日が浅い私がとやかく
コメントできる立場ではないが、フロウの仕方が私好みで、
アクセンティングも程よく使われていた。
これは、ボーカル・トラックの後ろに
ちょっとしたバック・ボーカルを入れることによって
特定の言葉にアクセントを付ける手法で、
2PACがよく使っていたもの。
言葉をリズムにのせようと一生懸命頑張っているのがよくわかり、
J君の健闘に心から拍手を送った。
『Around the Sun』というタイトルは曲のキー・ワードとして使われており、
それはJ君の世界観から生まれた言葉だった。

次のラッパーはJ君の従兄弟であるM君の友人。
彼はM君と同じラップ・グループに所属しているらしい。
声の響きがもの悲しくて哀愁を帯びている。
日頃からグループで切磋琢磨しているだけあって、
言葉を後ろに引っかけるようなフロウが個性的だ。
この巧みなまでの後ノリは、
我々日本人や白人の遺伝子に組み込まれていないテンポである。

日本の演歌や民謡、そして白人のマーチのリズムは
4拍子の場合、1拍目と3拍目に強拍がくる「オン・ビート」だが、
ジャズなどブラック・ミュージックのリズムは、
2拍目と4拍目に強拍がくる「アフター・ビート」が主体である。
よって、我々の身体に染み込んでいないこのアフター・ビートを
体得するのは至難の技といえる。

なぜなら、黒人のリズムは音楽の世界に限ったものではなく、
喋り方やダンス、ジェスチャーなど
日常生活における些細な動き一つとってみても
我々とはテンポが違うからだ。
音の世界だけでそれを真似しようと思っても
所詮無理な話かもしれない。

私は小学校5年生の時から
このアフター・ビートのリズムに憧れ続けてきた。
忘れもしない。
それは電子オルガンのコンクールで誰かが
ハービー・ハンコックの『カメレオン』を弾いた時のことだ。
あまりのカッコよさに、身体に電流が走ったのを覚えている。
あの時からこのリズムの虜になってきた。
しかし、どんなに練習しても
オリジナルと同じニュアンスでリズムを刻む事ができず、
自分の才能のなさに度々涙したことを
ラップを聴いていたら、ふと思い出した。

J君のベース・ソロのあとは、彼にフロウの手ほどきしたM君の登場だ。
さすが従兄弟だけあってJ君と声質がよく似ている。
私はM君のフロウを聴いた時、咄嗟に「上手いな」と思った。
フロウに安定感とグルーヴがある。
でも声のトーンにせつなさが感じられたので、
「なぜだろう?」と思いながら聴いていた。
すると、再びJ君のバースが流れ、お友達のラップで曲が終わった。

3人が思い思いに詩を作り、
それらをJ君がアレンジして一つにまとめた『Around the Sun』は
シンプルだけどフロウがクールで、
若者らしいエネルギーがみなぎっている素敵な曲だ。
しかし、何度聴いても、
彼らが何を話題にしているのか
私には全く理解できなかった。
こんなに悲しいことはない。
せっかく私のリクエストに応えて作ってくれた曲なのに、
内容がわからないなんて!

私はJ君にお礼を言いながら正直に告白した。
「素敵な歌をありがとう!
でも残念なことに、私のリスニングでは
正確に言葉をとらえることができません。ごめんね。
歌詞カードを送ってください。」
そうしたら彼はすぐ歌詞のファイルを送ってくれたのだが、
それを見て私はもう一度落胆しなければならなかった。

いくら詞を目で追っても意味を把握することができないのだ。
スラングの宝庫とも言えるこの歌の詞は、私には理解不能だった。
でも諦めず、辞書を引きながら解読したら、
ゲットーを題材にした詩だということにようやく気がついた。
ただどうしてもわからない言いまわしが多数あったため、
J君にお願いして日本語に直訳してもらうことにした。
彼は簡単な日本語なら読めるし書くことができる。

こんな大変な作業を依頼してしまい、
きっと迷惑しているだろうなと思ったが、
1週間ぐらいで和訳を送ってきてくれたので嬉しくなった。
きっと私の真意を理解してくれたからだろう。
「忙しいのにありがとう!きっと大変だったよね・・・」
そう思いながら直訳してくれた文章に目を通した。
そして私は感謝と同時にまた落胆した。

「わからない箇所がまだまだたくさんあるわ。
スラングを理解するなんて私には無理かもしれない。」
J君が注釈を付けてくれたにもかかわらず
意味不明な語句がいくつもあった。
それに対し、想像力を最大限働かせて文字と睨めっこしていたら、
やっと自分なりの訳をつけることができたのである。

それらを読み、彼らの置かれた状況に思いを巡らした時、私は愕然とした。
あまりにも重いメッセージがそこに託されていたのだ。
M君とそのお友達はゲットーに住んでいて、
そこでの生活はとても悲惨だと訴えている。

J君によると、M君にはお兄さんがいて
そのお兄さんは自分と一番仲がいい従兄弟だったと教えてくれた。
彼は口ぐせのように
「お金をためてゲットーを出るんだ」と言っていたらしい。
だから危ない仕事もしていた。
その結果、お兄さんは同業者から銃で撃たれ、
25歳という若さで亡くなってしまったという。

「僕が住んでいた場所は綺麗で安全だったし、
食べものやゲームもいっぱいあったから
よく従兄弟が遊びに来たんだ。
従兄弟は僕と同じで日本の時代劇が好きだったな。
よく一緒に見たんだよ。
でも彼は殺されてしまったんだ・・・」
そんな辛い思い出をJ君は私に語ってくれた。

お兄さんの死はM君の心に何をもたらしたのだろうか?
お兄さんの二の前だけにはなって欲しくない。
ゲットーでは辛くて悲しい出来事ばかりなので、
現実から逃避するため、ドラッグに溺れる人も多いと
J君は言っていた。

でも、どうかドラッグには手を出さないで欲しい。
ラップやダンス、勉強、スポーツなど
自分が打ち込める何かを探して
それにエネルギーを注いで欲しいと思う。
「ここが大好きだ」とお友達はラップしていたけど、
どうにかしてゲットーの中で生き延び、
いつしかそこを抜け出して欲しいと思っている。

J君にそれとなくM君の仕事を尋ねたら、
まっとうな職に就いていて、
ラッパーになるために頑張っていると教えてくれたので安心した。
どうかその夢が叶いますように・・・。

日本では様々な理由で自ら命を絶つ若者が増えているけど、
ゲットーでは生きたくても他者によって命を奪われてしまう
ケースが数多くある。
どうしたらお互い尊い命を守ることができるのだろうか。
我々は国家という枠組みを越え、同じ地球の住人として
このような深刻な問題に対して、
環境問題と同じくらい真摯に取り組んでいかなければならないと思う。

私たち日本人には想像もつかないような危険な場所で暮らす
彼らの心の叫びに、私は真剣に耳を傾けたいと思った。
そんな彼らに、私は心からメッセージを送りたい。


『Around the Sun』を作ってくれた皆さんへ

To everyone who worked on 『Around the Sun』

真実のメッセージを送ってくれてありがとう。
あなたたちの叫びは遠く海を越え、日本にいる私の胸に届きました。
アメリカのゲットーはコンクリート・ジャングルなんですね。
あなたたちは日々安心して暮らすこともできず、
機会均等じゃないからいい仕事にもつけない。
それに今だに差別もある。本当にひどいですね。

Thank you for sending this real message.
I listened to this clear message, sent from your heart,
far across the sea and when it arrived to entered mine.
The American ghetto is a concrete jungle, isn't it?
I know that you can't live peacefully and it's not a level playing field
in terms opportunities and employment.
And there are still distinctions in your country.
It's really terrible isn't it?

どうしてこんな社会になってしまったのでしょうか?
誰にこの気持ちをぶつけたらいいのでしょうか?
日本は治安も良く、一般人は銃の所持を許されていないので、
銃による事件はめったに起きません。
でもアメリカは違うのですね。

Why did such a society come about?
Anyone would think the same.
Japan is safer because there are far fewer guns around;
gun-related incidents are rare.
But it's different in America, isn't it?

またあなたたちの住んでいる所について教えて下さい。
あなたたちの未来のために、少しでもこの問題が解決されるよう、
国境を越えて、みんなで考えていかなければ
ならないと思っています。
命の重さはみな同じなのですから!
自由と平等、平和が一日も早く訪れますように。

Please tell me about some more about where you live.
In relation to your future, to find a solution to these problems
we need to think beyond borders i.e. internationally.
Because the value of all life should be equal.
I hope you get freedom, equality and peace soon.

日本より愛を込めて
From Japan with best wishes,
Kaori


★ゲットーの日常をを描いた作品
 『Ghetto Gospel』 /2PAC&Elton John
 


<07・6・1>